出産、育児の経験者の努力と
周囲の協力があれば
働く環境は変えていける。

内科 平田雅子医師

hirata interview

Profile

ひらた・まさこ

2004年
鳥取大学医学部医学科卒業
出雲医療生活協同組合出雲市民病院、総合病院松江生協病院にて臨床研修
2006年
鳥取生協病院
2007年
第1子出産
2010年
第2子出産

まさか自分が?
学生時代にはまったく
想定していなかった方向に

「自分が結婚する、子どもを産む――学生時代には、まったく考えてもいなかった。本当に想定外でしたね」
 鳥取生協病院に勤務する内科医で、2児の母でもある平田氏は笑いながらそう語った。
 女性が働きつづける前例がまだまだ少ない医師の世界では、フルタイムで仕事をしながら結婚、出産をするのは、並大抵の覚悟がなければできない。ところが、平田氏は「想定外」であったにもかかわらず、結婚、出産という出来事を見事に乗り越えてきた、バイタリティあふれる女性だ。
「私の年代では、医学部の学生のうち3、4割が女性だったのですが、現場に出れば、やはりそこは男社会。最近、ようやく女性医師の活躍する姿が少しずつ見られるようになりましたが、当時は、結婚、出産を機に勤務形態をパートに変えたり、医師を辞める女性がほとんどであったと記憶しています」
 医療界において女性が働きつづける困難さを知っていた平田氏だったが、2006年に臨床研修が終わるタイミングで結婚。医師をつづける前提での判断であった。
「『しっかり稼いで両親を食べさせてあげなくちゃ!』とずっと思っていたので、自分の未来予想図に結婚という文字はなかったように思います。
 長くおつき合いしている方はいたのですが、まさか、こんなに早く結婚するとは(笑)、自分のことながら驚きました」
 臨床研修は島根県の出雲医療生活協同組合出雲市民病院、総合病院松江生協病院(以下、松江生協病院)で受けた後、結婚を機に夫の出身地の鳥取県に移り住み、鳥取生協病院で後期研修に入った。

医師と母親を両立させる
方法は、環境に合わせ
人それぞれにあって当然

結婚自体が想定外だったと語る平田氏だが、それ以上に想定外の出来事が起こったのは、後期研修を始めて約2ヵ月後。
「体調のすぐれない日がつづき、入院にまでいたり、いくつかの検査をする中で、『念のため妊娠検査もしてみましょう』と言われて調べたところ、なんと陽性。妊娠を知らされたときの感情は、とても言葉にできません。
 臨床研修を始めた時点で30歳を超えていたので、なんとなく簡単に子どもはできないだろうと思い込んでいたので混乱しました。ちょうど初期臨床研修を終えて、自分の医師としてのいたらなさを痛いほど感じ、気を引き締め直していた時期での妊娠宣告。『どうしてこのタイミングで妊娠してしまったのだろう』、『どうしたらいいんだろう』と悩み、一時は出産をあきらめようとまで考えました」
 結論を出しかねていたときに平田氏をもっとも勇気づけ、出産を決意させたのは、初期臨床研修時の担当医の存在だったそうだ。
「その先生は、キャリアを積んでから出産されていました。先生が以前、『子育ては、人それぞれ。それに、母親と医師を完璧に両立しようとする必要なんてありません。子育ては、保育のプロに任せれば大丈夫よ』と、あっけらかんと言われていたのを思い出したのです。
 100点満点の母親になるのは難しい、ならば、子どもがきちんと育っていけるように保育園でもなんでも、利用できるところは利用しよう。そして医師の仕事は、もちろんがんばるけれど、エースストライカーになろうとせず、レギュラーとして真面目にコツコツやっていく、そんな存在の医師になろう。戸田先生の言葉は、私にそんな発想の転換をもたらしてくれました」
 そして平田氏は、産前6週、産後8週で復帰する道を選ぶ。

辛い時期を
乗り越えられた鍵は
ポジティブな発想

予定どおり平田氏は、産後8週で子どもを保育園に預けて職場復帰を果たす。
「産後8週ですから子ども自身は、まだ『お母さんがいなくて寂しい』と泣く時期ではありません。むしろ私のほうが、寂しくて仕方なかったですね。想定外の妊娠で、自分が母親になると想像もできなかったほどなのに、やはり子どもの顔を見ていると1日中いっしょにいたくなってしまう。フルタイムで働くと決めた以上、叶わないとわかっていたのですが、預けるときは本当に辛かったです」
 しかし、そこは発想の転換を図れる平田氏。子どもに会えない現状を、逆にポジティブに捉えようと考えたという。
「子どもに会えるのはせいぜい1日4、5時間。たったそれだけですので、本当に寂しかった。
 ただ、24時間、子どもにつきっきりになっていると、精神的に追い詰められてしまう方もいると聞きます。子どもがいる新しい環境に戸惑い、馴染めず、心身ともに疲れ切ってしまう。私には仕事があるので、間違ってもそんな状況に陥らずにすむ。短いからこそ、子どもに会える時間に、なんの迷いもなくたっぷりの愛情を持って接することができるのです」
 そうして気持ちを強く持ちつづけられたからこそであろう、バイタリティあふれる平田氏は、第2子をもうけることを決めた。
「次の子に関しては計画的でした。病院にいると少子高齢化を肌で実感するせいか、『子どもは、ひとりより2人いたほうがいい』と思って(笑)。
 ひとり目でも、2人目でも、出産、育児と仕事の両立がたいへんなのには変わりありませんでした。ひとり目のときの経験を生かせ、医師のキャリアもひとり目のときより積んでいるから復帰も楽だろうと踏んでいたのですが、なかなか思いどおりにはいかないものですね」

周囲のフォローが
あれば、女性医師の
労働環境は変えられる

出産、そして育児と仕事の両立は、想像もつかないほど重労働だっただろう。けれども平田氏は、厳しい現実からしっかりと学びを得ていた。
「子どもを持つことで、世界はこんなに違って見えるのか!驚きの毎日でした。出産前と同じように患者さんと接しているのに、自然と患者さんの気持ちを以前よりずっと深く理解できていると実感できるのです。
 出産、育児は、本当にたいへんですが、人間として、医師として成長するチャンスでもあります。医師のキャリアにも必ずプラスになるでしょう」
 しかし、「後輩にも私と同じようにしなさいとは言えません」と平田氏はつづける「私を勇気づけてくれた先生のおっしゃるとおり、出産、育児にかかわる選択は人それぞれ。出産のタイミングや、産休、育休の期間も、どんな方法がベストであるかは、個々の事情や価値観によって変わりますから」
 ただ、女性医師の出産、育児には共通することがあると平田氏は言う。それは、周囲のサポートだ。
「内科部長の岡田睦博先生には、『入院業務はしなくても、検査外来メインでやってくれればいいですよ。フルタイムで診療される諸先輩方は複数おられるので』と背中を押してくださいました。まわりのスタッフの方々も本当に好意的に見てくださって――少しでも迷惑そうに扱われていたら、きっと2人目をつくろうとは思わなかった。皆さんに助けていただきながら、なんとかここまでやってこられました。感謝しています」
 平田氏は、今後の女性医師を取り巻く環境について、次のように考えている。
「医師不足がますます深刻化している一方で、医学部の女性比率は5割近くになっています。今までのような『男社会』は、変わるべきときにきているのかもしれません。
 まずは、女性医師が働くことを好意的に受け止められるよう、医療界にいる個々の意識が変わらなければならないでしょう。
 産休、育休に入る女性医師が『お休みさせていただきますが、落ち着いたら復帰します』と明るく言えるように。そして、復帰したら『お帰りなさい。よく帰ってきたね!』とまわりがあたたかく迎え入れる。当院で出産・育児をしながら医師をつづけさせてもらえている私には、そんな環境を後進の女性医師たちのためにつくっていく使命があると感じています」

(鳥取県臨床医研修指定病院協議会『クリニコス 2011年春号』より)